2006年10月28日

「イデア」(=差異共振イデア)と「物質」との関係:あるいは、「物質」とは何か:「もの」と物質V3

「イデア」(=差異共振イデア)と「物質」との関係:あるいは、「物質」とは何か:「もの」と物質:Ver3

「イデア」の影としての現象である。現象としての「もの」と物質としての「もの」は違うだろう。例えば、「わたし」が触れる水は、前者であるが、これをH2Oと見るのが後者である。現象的「もの」と物質的「もの」とは別のものである。プラトニック・シナジー理論的に言えば、現象的「もの」とは、同一性現象であり、物質的「もの」とは、同一性形式現象ではないだろうか。
 もっとも、私は、現象的「もの」とは、特異性であると主張してきているのであり、そうすると、同一性(現象)と特異性との関係が問題になるのである。私が、現象的「もの」に接するとき、例えば、「もの」を見るとき、それは、光の影像を見ているのである。そして、「もの」に触れれば、それは、感覚像に触れているのである。つまり、なんらかの現象像、現象感覚像に接しているのである。(ここには、知覚、言語、認識の問題が入るが、議論の簡略化のため、おいておく。)
 この個々の現象像は、同一性個体である。例えば、これは、一つのみかんであり、隣にあるのは、別の一つのみかんである。私が見る、触れる、食べるみかんは、みかんとしては、同一性であるが、同時に、特異性(個)であると私は考えるのである。つまり、現象像としてのみかんは、同一性であり、且つ特異性であるということである。例えば、みかんの「イデア」を差異1☯差異2☯・・・☯差異nと考えよう。これが、連続・同一性化すると、差異1=差異2=・・・=差異nになるとしよう。=は、みかんの同一性である。差異をdと表記して、記号化しよう。

みかんの「イデア」:d1☯d2☯・・・☯dn

みかんの現象:d1=d2=・・・=dn

である。後者の問題は、差異が等号化されていることである。これは、矛盾であるが、このままにしておこう。そして、物質としてのみかんを考えると、

物質としてのみかん:同一性1ー同一性2ー・・・ー同一性n

である。この同一性1は、たとえば、ビタミンCであり、同一性2は、クエン酸である。これらが、集合連続体(「有機体」)となったものが、物質としてのみかんである。
 ここで、現象としてのみかんと物質としてのみかんを比較してみよう。前者における=が、同一性であり、これが、物質としてのみかんを形成していると考えられる。(同一性であるが、正確には、連続・同一性であり、記号はー・=と表記すべきであるが、簡略のため、同一性=を使用する。)物質としてのみかんには、差異が欠落しているのである。ここで、煩雑ではあるが、精緻・正確に図式化・記号化してみよう。

「イデア」としてのみかん:d1☯d2☯・・・☯dn

              ☯   ☯    ☯
現象としてのみかん:  d1↓ d2↓・・・ ↓dn
              =   =    =


↓  の記号は、メディア界から現象界への移行を示す。


図式化の都合上、これを☯→=と表記することにする。即ち、


現象としてのみかん:d1☯→=d2☯→=・・・☯→=dn

となる。(先の現象としてのみかんの=は、☯→=の意味であったのであり、これならば、矛盾はなくなるのである。)物質としてのみかんは、等号の側面である。すると、差異はなくなり、同一性の集合・連続体となる。

物質としてのみかん:同一性1ー同一性2ー・・・ー同一性n

又は、Id1ーId2ー・・・ーIdn(ただし、Idは、同一性Identityの略であり、ーは連続性の記号である。)そして、例えば、同一性1がビタミンC、同一性2がクエン酸、等々となるのだろう。物質自然科学ないし唯物自然科学は、この同一性の連続体を分析・解明しているだけに過ぎないのであり、現象としての「もの」を捉えていないのである。カントの物自体とは、実は、この現象としての「もの」(この場合は、現象としてのみかん)を意味すると言えよう。また、当然、これは、「イデア」を内包しているのである。端的に言えば、☯→=(「イデア」→同一性)が物自体のポイントである。
 ここで、私が考える個体・個物の特異性について言うと、それは、☯→=の☯→の部分が当たるだろう。つまり、差異ないし「イデア」のもつ同一性への志向性である。これが、特異性なのであり、これを、物質科学は、看過・無視しているのである。これは、エネルゲイアとも言えるだろう。しかし、単に物質エネルギーではない。物質エネルギーの本体としてのエネルゲイアである。つまり、エネルゲイア(同一性への志向性)の物質像が、エネルギー(物質エネルギー)であると考えられるのである。【ここで、想起するのは、ドゥルーズの説いた強度であるが、それは、このエネルゲイアのことを本来意味していると見るべきであろう。しかしながら、ドゥルーズは、連続的差異(差異=微分)を考えているので、強度と物質エネルギーとが混同されていると考えられるのである。ということで、エネルゲイア=強度としていいだろう。】
 さて、残りの問題は、☯→=における同一性への志向性と同一性自体との関係である。この問題は、これまで、気がついていたが、いわば、留保しておいた問題である。つまり、同一性とは、純粋に同一性なのか、それとも、同一性の影ないし疑似同一性なのか、という問題である。現象としてのみかんとは、同一性をもっている。みかん1,みかん2,みかん3,・・・は、みかんとして同一性である。だから、単純に、同一性は存在していると見ていいように思えるが・・・。私が問題にしているのは、実体として同一性は存在しているのか、どうかである。イデア論ないしプラトニック・シナジー理論から言えば、実体は差異だけにあり、同一性は、影像に過ぎないだろう。
 問題の視点を変えよう。「もの」として考えよう。現象としての個体・個物は、「もの」である。そして、これは、☯→=という志向性をもっているのである。現象・「もの」としてのみかんd1☯→=d2☯→=・・・☯→=dnであるから、現象・「もの」ないし個体・個物としての「同一性」とは、やはり、☯→=の強度の帰結に存すると言えるのではないだろうか。つまり、志向性の終点としての「同一性」であり、それは、極言すれば、差異の様態としての「同一性」ではないのか。
 問題を明晰にしよう。みかんと言う場合、確かに、みかんは同一性である。これは、疑いようがない。それを、リンゴと呼んだら誤謬である。みかんの同一性とリンゴの同一性は、排他的である。ここには、排中律がある。しかし、この同一性は、☯→=のことではないだろうか。同一性への志向性ではないだろうか。同一性への志向性が同一性になっているのではないだろうか。
 より精緻化して考察しよう。☯→=は、正確には、☯→ー・=である。つまり、連続・同一性への志向性である。そして、これが、現象・「もの」・個体/個物を生起させるのである。だから、通常、同一性としての現象とは、連続・同一性への志向性としての現象ということになる。だから、みかん1,みかん2,・・・等の同一性としてのみかんとは、連続・同一性ヘの志向性の終点である。有り体に言えば、同一(同一性)に見えるということである。見えである。見えとしての同一性であり、これは、理論的には、連続・同一性への志向性の終点である。
 ということで、同一性は、仮象・虚構・見えに過ぎないのである。(換言すると、見えとしての同一性と同一性が混同されているということである。)この同一性への志向性と同一性とが、現象界・「現実」において、混同されていると言えよう。そして、物質科学・唯物科学は、これを踏襲しているのである。見えとしての同一性を同一性自体として捉えて、理論化しているのである。つまり、同一性科学なのである。カントの用語を用いれば、超越論的形式科学である。この同一性=超越論的形式を数量・計量化して、近代科学・唯物科学が形成されたのである。だから、数量同一性科学である。これは、現象を「捨象」した科学である。現象のもつ個物・「もの」・特異性を捨象した科学である。言い換えると、連続・同一性への志向性を捨象した科学である。これは、差異・「イデア」・差異共振シナジー事象を捨象した科学である。仮象科学である。現象科学ではないのである。これで、近代科学批判が成立した。
 では、ここで、フッサール現象学を想起するのであるが、フッサールは、正に、連続・同一性への志向性を理論化した大天才である。ポスト同一性科学・ポスト近代科学としての現象学である。以上の検討から、現象学は、現象科学と呼ばれてしかるべきである。あるいは、「イデア」科学ないし差異科学(差異共振シナジー科学)である。生活世界ないし生活界とは、メディア界の発現としての現象界のことだろう。近代科学は、現象ではなくて、同一性仮象を対象としている同一性仮象科学である。それは同一性仮象界ないし仮象界を対象としている。換言すると、ヴァーチャルな世界を対象としているのである。
 ニーチェ哲学とフッサール哲学と鈴木大拙即非哲学/ウスペンスキー思想を継承し総合化した新イデア論であるプラトニック・シナジー理論は、当然、現象科学・「イデア」科学・生活界科学・叡知科学(ソフィエンス)でもある。
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