2006年11月26日

近代的自我の発生の原因とルネサンス:自己認識方程式の視点から テーマ:ポスト近代的自我/ポスト近代合理主義

明日野氏の卓越した一人称自己認識方程式e^i*e^(-i)⇒e^(i-i)=e^0=1をまず前提として確認しておこう。(これ以前は、(i)*(-i)⇒+1である。)
 私の問題にしたいのは、i-i=0のところである。これは、差零度共振を意味すると考えられる。そして、これは、自己e^iと他者e^(-i)を知る本来の自己認識である。
 私の考えは、e^i⇒e^(-i)の陽意識と逆のe^(-i)⇒e^iの陰意識があるというものである。簡単に言えば、自己⇒他者、他者⇒自己である。そして、前者、陽意識(+エネルゲイア)は、光と関係する。例えば、遠近法がこれに当たるだろう。しかし、後者、陰意識(−エネルゲイア)は、闇と関係する。簡単に言えば、前者は、普通の意識であり、後者は、言わば、無意識である。そう、明意識と暗意識と言ってもいい。
 ここで、e^i⇒e^ (-i)を単純化して、i⇒-iとし、また、e^(-i)⇒e^iを、-i⇒iとして考えることにする。i⇒-iの解釈であるが、これは、他者への志向性でもあるが、ここで、知覚が生じて、何らかの言語を-iに与えると思うのである。(太古においては、言語ではなくて、絵文字のようなもの、音声言語のようなものを与えていたであろう。)思うに、言語を他者に与えて、同一性化するのである。ここで作業仮説として、言語=−1とすれば、i⇒−1・(-i)=i となるのである。つまり、i=iという図式である。思うに、これが自我の数式であろう。つまり、他者である-iを自己iと解釈するのである。(ここで、言語=−1の発生の意味は次の考察の中から考えよう。)
 次に、陰意識・暗意識のことを考えると、これは、他者から自己への志向性なのである。これは、換言すれば、他者の眼、他者の視線と言ってもいいだろう。思うに、原初の自己は、とりわけ、この陰意識・暗意識を恐れたであろうと思われる。これは、他者から自己への志向であるから、自己は基本的には、受動であるしかないのである。陽意識が能動性であるのに対して、陰意識は受動性である。(おそらく、物の怪とか、アニミズム、シャーマニズム等は、後者的表現であろう。)
 思うに、近代以前は、両者の双方向関係から世界観が生まれていたのである。陰意識に「霊」とか、「魂」とか、精霊、等々と名づけたのである。つまり、陽意識と陰意識は、交流して、世界観を形成したのである。いわゆる、コスモスというのも、ここから生まれた宇宙観であろう。しかしながら、正しく言えば、例えば、中世においては、陽意識より陰意識の方が強く、この強い陰意識の上にキリスト教が成立していたと考えられよう。そして、ルネサンスが起こり(中世において、例えば、12世紀ルネサンスがあるが、それは、先駆と見ればいいだろう)、陽意識が活性化されたと考えられるのである。つまり、自己の能動的意識 i⇒-iが賦活されたと考えられるのである。つまり、中世においては、-i⇒iの陰意識(暗意識・闇意識)が優勢であったが、ルネサンスになり、逆転して、i⇒-i の陽意識(明意識・光意識)になったと考えられるのである。これは、正に、革命・革新・進化である。陰から陽へと転換したのである。おそらく、人類史において、このような陰から陽への転換は繰り返されたに違いない。古代ギリシアが代表的なものであろうし、他の古代文明期においても、類したものがあったのであろう。
 とまれ、ルネサンスないし近代(プロト・モダン)にもどると、能動的な陽意識が、おそらく、爆発的に賦活・活性化されたのである。そして、芸術的には、イタリア・ルネサンスという偉業を生み、哲学的には、デカルト哲学を生んだと言えよう。能動的な陽意識がコギトの原点なのである。しかし、注意すべきは、ルネサンスないし近代初期においては、単に陽意識があったのではなくて、それまでの、陰意識を伴っていたと考えられることである。否、正しく言えば、新たな陽意識の賦活とは、新たな陰意識の賦活と見ていいだろう。つまり、陰と陽の両極性が活性化されたと考えられるのである。これが、ルネサンス哲学が、神秘哲学やコスモス哲学になったことの要因であると考えられるのである(参照:マルシリオ・フィチーノのネオプラトニズム)。また、オカルト思想が流行した理由もここにあると考えられるだろう。そして、デカルト哲学(コギト・エルゴ・スム)において、コギトは、能動的陽意識であり、スムは、受動的陰意識であろう。つまり、e^i*e^(-i)⇒e^(i-i)=e^0=1である。しかし、その後、コギトの陽意識に限定されて、陰意識が否定されていったのである。いわゆる、近代合理主義である近代科学・技術・資本主義の前進である。
 以上のように考えると、アポリア(難問)である、何故、差異が否定されたのかということを考察してみよう。ルネサンスにおいて、陽意識と陰意識の均衡が取れていたはずである。しかし、近代合理主義(近代的自我、近代唯物論)は、前者中心に、後者を否定していったのである。これまで、反差異的同一性を近代合理主義に見てきたのであるが、どうして、この、いわば、怪物が生まれたのかである。先にも述べたが、デカルトが明晰な判明な観念を求めて、あいまいなものを排除したことが起因ではないだろうか。つまり、能動的陽意識に傾斜したのである。この光意識は、+エネルゲイアをもち、-iである他者を+化するように思うのである。つまり、ここに-iに対する−作用があると推察されるのである。つまり、+エネルゲイアとは、反差異的同一性作用であると考えることができるのではないだろうか。(逆に言うと、−エネルゲイアも反差異的同一性作用だろう。つまり、(-i)*(-i)⇒−1である。)そのように考えられるならば、何故、近代的自我のもつ反差異性の発生したのかという理由は自明となる。
 ここで、整理すると、原近代(プロト・モダン)において、陽意識と陰意識の両極性が賦活されたのである。換言すると、コスモスが発動したのである。しかしながら、デカルト哲学は、もともと、原近代を基盤としているが、陽意識・+エネルゲイアに傾斜したため、陰意識・−エネルゲイアを否定してしまったということである。そして、この路線が近代合理主義となったのである。デカルトの後、スピノザが出て、陰意識を取り込んだ哲学を創造したのである。(ライプニッツは、予定調和という観念で、陽意識が強かったと言えよう。)だから、デカルト/スピノザ哲学と、本来理解することで、「ポスト・モダン」となると考えられるのである。そう、デカルト自身は、陽意識を徹底する試論を行ったのであり、その点では問題はないのである。ただ、陰意識の探求が不徹底であったということである。
 近代合理主義の発生は単にデカルト哲学の問題だけでなく、他に発生する原因があると考えられるだろう。有り体に言えば、ルネサンス/プロト・モダンとは、太極性の活性化である。あるいは、東洋文明の新生であると言えるのである。宗教的に言えば、異教の再生であると言えるのである。つまり、実は、ルネサンスは、西洋文明にとって都合の悪いものが発生したことになるのである。キリスト教を否定するものが出現したのである。思うに、キリスト教は、陰意識を信仰の次元に変えていたのであり、陰意識の認識をタブーにしていたのである。中世スコラ哲学の頂点であるトマス・アクィナスの理性と信仰の調和がキリスト教としての基本的枠組みであったと言えよう。理性である陽意識は、確かに認めるが、信仰の対象となる陰意識の合理性・理性をキリスト教会は、絶対タブーとしたのである。(これは、イデオロギーと見るべきだろう。民衆支配のイデオロギーである。そう、二つの合理性・理性があるのである。陽意識の理性と陰意識の理性である。)
 結局、ルネサンスは、キリスト教にとってタブーの陰意識を賦活・活性化したのである。そして、デカルト哲学の明晰性とは、この路線に忠実であったと言えよう。デカルト的合理主義は、陽意識を肯定して、陰意識を排除したのである。つまり、キリスト教会のバイアス・イデオロギーが西洋社会・文化に存在するのであり、それが、脱西洋文明的なルネサンス/プロト・モダンを否定して近代主義へと捩じ曲げたと言えるだろう。プロテスタンティズムも、同様の捩じ曲げであると見なくてはならないだろう。
 これで、これまでの最大の難問であった近代的自我の否定性の発生について、自己認識方程式を活用して、整合的に説明できたのではないだろうか。もう一度整理すれば、ルネサンス/プロト・モダンにおいて、差異が賦活・活性化された。それは、陽意識と陰意識の双方を活動させたのである。だから、e^i*e^ (-i)⇒e^(i-i)=e^0=1が生起したのである。しかるに、近代西欧は、キリスト教会のバイアス・イデオロギーがあるために、本来的に、東洋・異教再生であるルネサンスを認めることができずに、否定・排除・隠蔽的に対処したのである。それが、近代合理主義であり、魔女狩りや植民地主義や帝国主義、オリエンタリズム等を生んだのである。東洋・異教復興であるルネサンスを継承したのは、少数の天才たちであった。(そう、スピノザ哲学、神即自然の思想は、正に、東洋・異教新生であろう。これは、ポスト・ユダヤ・キリスト教である。正しくは、ポスト・キリスト教会であろう。)カントは、両者の中間であった。そして、キルケゴールが超越的特異性を復活させ、シェリングが自然と理性との融合した「メディア」界を示唆し、また、ニーチェが近代合理主義やキリスト教を破壊し、フッサールが決定的に超越論的現象学を打ち立てて、超越論的志向性を突き止めたのである(ただし、+エネルゲイア、陽意識の志向性であったろう)。他の分野・領域でも、キリスト教会的発想、陰意識合理性の否定と東洋・異教再生との闘争が闘われたと考えられるのである。そして、ポスト・モダンは、明確なこの闘争であるが、西欧の陽意識の強固さによって、陰意識を完全に解放できずに、不十分な立場に留まってしまったと考えられるのである。(しかし、後期デリダは、ポスト・モダンを哲学的に徹底したように思える。)
 そして、現代日本において、不連続的差異論が誕生して、停滞・衰退したポスト・モダンを前進させたのであり、それから、プラトニック・シナジー理論へと発展したのである。これで、完全にポスト・モダン理論が形成されたと考えられるのである。つまり、新東洋・異教ルネサンスの理論の誕生である。西洋文明の終焉である。(思うに、西洋文明とは何かということになるだろう。それは、東洋文明の一種展開であったと思うのである。それが、イデオロギー的に東洋文明から、切断したのである。しかし、文明自体は、東洋文明が原点であるから、当然、東洋文明は再帰するのである。そして、時が熟して、内在的に東洋文明が復興したのである。そして、プラトニック・シナジー理論が、日本という東洋文明の終点、そして、西洋文明の最大の輸入国において、東西文明を超克する形で、創造されたのは、意味深長である。おそらく、本来、東洋文明も西洋文明もないのである。ただ、差異共振シナジー的人類文明があるだけである。)
 後で、不連続的差異論とプラトニック・シナジー理論との関係を考察したいと思う。思うに、後者は、前者を修正する形の理論なのである。

p.s. 以上から、何故、近代的自我は狂気なのか、という私の長年の疑問も解決されるだろう。近代合理主義は、能動的陽意識中心で、受動的陰意識を否定・排除しているのである。つまり、陽意識のエネルゲイアだけでなく、陰意識のエネルゲイア、−エネルゲイアの発生があるが、それを、陽意識である近代的自我は、否定・排除・隠蔽するのである。しかし、排除された−エネルゲイアは、陽意識に対して、非合理な衝動として発動するのである。これが、狂気なのである。暴力でもあるのである。
 現代日本の狂気シンドロームは、これで説明できるだろう。エクソ・モダンexomodern、これしかないのである。

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